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平城遷都以後

都が平城京へ移るとともに法興寺も現在の奈良市に移転し元興寺となったが、飛鳥の法興寺も存続し本元興寺と称された。建久7年(1196年)の火災による焼失後、中世以降の衰退は著しく江戸時代には仮堂一宇を残すのみであった。江戸時代の学者・本居宣長の『菅笠日記』には、彼が明和9年(1772年)に飛鳥を訪ねた時の様子が書かれているが、当時の飛鳥寺は「門などもなく」「かりそめなる堂」に本尊釈迦如来像が安置されるのみだったという。
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現在、参道入口に立つ「飛鳥大仏」の石碑は寛政4年(1792年)のもので当時すでに「飛鳥大仏」と呼ばれていたことがわかる。現・本堂は江戸末期の文政8年(1825年)に大坂の篤志家の援助で再建されたもので、創建当時の壮大な伽藍をしのぶべくもない。しかし発掘調査の結果、現在の飛鳥寺本堂の建つ場所はまさしく馬子の建てた法興寺中金堂の跡地であり、本尊の釈迦如来像(飛鳥大仏)は補修が甚だしいとはいえ飛鳥時代と同じ場所に安置されていることがわかった。日本最古の寺院・法興寺は衰退したとはいえ、21世紀の今日までその法灯を守り続けているわけである。

銅造釈迦如来坐像(国の重要文化財) - 飛鳥寺(安居院)の本尊。飛鳥大仏の通称で知られる。「起源と歴史」の項で述べたとおり7世紀初頭、鞍作鳥の作とされる。

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2009年08月16日 13:27に投稿されたエントリーのページです。

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